ストリートビューで街歩きの魅力紹介 郡山でアットホームなイベント

地域の隠れた魅力を訪ね歩く「街歩き」。そんな街歩きが静かなブームを集める中、「ストリートビューで愉しむ東京街歩き−色街・モダン建築・疏水跡−」のイベントが5月18日、郡山市のco-ba koriyamaであった。コオ折山

新たな観光スポット探し旅の人気を背景に、近ごろは歴史や文化、自然、グルメ、パワースポットなどを切り口にした街歩きツアー・イベントが世代を問わず広く浸透している。
今回のイベントは、街を愛で保存の意義も考えようと、東京などで街歩きガイドを務める著作家、音楽家の黒沢永紀さん(東京・渋谷区在住)を講師に招いて開いた。

ディープな街歩きの世界をのぞいてみませんかという触れ込みで、黒沢さんらスタッフがストリートビューを使いヴァーチャルな街並みやレアな建物を再現。
前半は東京の遊郭と赤線跡、後半は下町モダン建築を主に取り上げ、郡山にもあるモダン建築と絡めつつ、その歴史的背景、遺産としての価値も紹介した。
遊郭跡のくだりでは、江戸から明治、大正、昭和にかけて日本一の色街と言われた吉原を取り上げ、街並み、住居跡を割り図で再現しながら時代背景や当時の生活様式を説明した。かつて貧しい家に生まれた女子が17歳ごろになると遊郭に出され、27歳ごろに年季明けとなったという。吉原の遊女たちの投げ込み寺・浄閑寺の世話になる人も多く、遊女たちが口にしていた「生まれては苦海(界)、死しては浄閑寺」の歌は有名。
寺には安政の大地震や関東大震災、東京大空襲などで亡くなった遊女2万5千人ほどがまつられているという。
後半のモダン建築では、関東大震災後の帝都復興のために建てられた鉄筋長屋、東京市営の鉄筋分譲住宅と店舗住宅、100年前に建てられた下町の清洲寮などがストリートビューで紹介された。最古の鉄筋アパートは大正5年の長崎・軍艦島、現役として今も使用されているのは大正14年の大阪・船場ビルディングという。

復興小学校だった銀座の泰明小や永代橋、モダニズムの原点ともされる旧東京市営深川食堂、レトロな看板建築の数々も紹介。看板建築は郡山市本町にある吉田薬局も紹介され、黒沢さんは昭和初期の貴重な建築物と太鼓判を押した。
黒沢さんは随時、東京の街歩きガイドを務めている。
(2019・5・19)

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